からっぽ

気分は

おだやかで

それはよしとして

しかし

なんだか

自分のなかみが、空っぽな気がする。

ウクレレ練習してても

指先から音が出てくる感覚。

そこに私が介在していないような感じ。

脳がメロディーや和声を追いかけて

指がおいついたとたん

頭のなかからいなくなる。

・・・

まだ頭のなか、

正月休みなのかな?

???

 

2日。

年始のお遊び会に、姪っ子がウクレレ持ってきた。

G7が押さえられないというから

コツを教えたら、押さえやすくなったとよろこんだ。

コードチェンジが早くなった。

さらに

ドレミがわかる曲を自分で弾いていた

1オクターブ上のドレミも教えて、音域を広げた。

そしたら、そこでも

すごい集中力で短時間で、弾けるようになった。

やっぱり、子供の吸収力ってすごいなあ

こうやって、自分の好きなことに夢中になって

未来の夢に向かって自分を創って

人生を満たしていくんだろうな・・・。

さて、

私は今年は、私は何に夢中になって

何で自分を満たすのかな?

 

あけました。

平成、最後の年。

年をあらためるだけで、雅号が移るというだけで

「あ、変わる」と思う、この不思議。

でも、「変わる」ということって、生きていくなかでとても大切なことで。

毎日、ぺらぺらとはがれていく私たちの体の細胞のことを考えても

今日、いまっていうのは、

昨日、さっきというのと

まったく同じということはないわけで。

 

昨年、自分の身が起こした、自分の身に起きたいろんなことを

ひきずるのも、置いて次にいくのも自分。

さあ、今年はどんな展開になるかな、するかな?

逆に、

自分以外の人についても

同じことであるからし

その人が、変わりたいと思っていること、変わりたくないと思っていること

感じ取りながら、

あじわいながら

それでも一緒に、物理的に心理的にいまは離れていても、ともに

今年も生きていけたらって思います。

ことしも

たくさんの、うつくしいもの、やさしいもの、かわったもの

に出会えますように。

できれば、わたしのこころが

それらを去年よりも高い確率で

「おもしろい」ととらえられるしなやかさを

持ちますように。

 

ん。今年は、「お祈りモード」です。

ささやかな幸せを

去年は

メル・トーメさんの作曲「The Christmas Song」

でした。

今年の私のクリスマスソングは

「Have yourself a merry little Christmas」

です。

「ええ曲なんですわー」とか

「いやあ、私が大好きなクリスマスソングのトップ3

にはいりますわあ」とか言って、自分が聴きたいものだから

人に弾かせるという。

ところが、この曲のチカラは素晴らしく、私以外の方も、けっこう、

つきささったようで

「どうせ、有名でない曲だから、クリスマス以外のときも

違う題名つけて、弾いちゃえー」

 

もうすぐ、クリスマス。そして

今年のフィナーレ。

大きな悲しみ、日々の小さな心配、不安

わが身の思うようにならない葛藤。

一生懸命生きようとすればするほど

想いがあればあるほど

いろんなものを抱えてしまって

「快晴」の日はない。

新しい年に新しい歯ブラシをおろしたとしても

背負っているものはなにも変わらない

だけど

ちいさなちいさな幸運を

培養して

とにかく、もう一日、もう一日

日が差す方向へ、歩いていきたい。

できれば、いろんな人と分かち合いたいけれど

まずは、自分を励ましていこうと。

そんなことが、考えられている自分は

いま、恵まれていると思う。

・・・てなこと言ってて、その気になって・・・

果たして明日は??

今日、心にしみた2つのこと。

その1。

喪中欠礼はがきが届いた。

「今年12月、最愛の妻 〇〇が・・・」

故人の名前の前に「最愛」をつけておられる

こんな文面の欠礼葉書、私は初めて読んだ。

しかも、12月。

この人は、どんなに寒い冬を過ごされるのだろう。

今年のこの厳しい冬は、この人の骨身に染みる過ぎるのではないだろうか。

どうか、凍えてしまわれませんように。

 

その2。

ともにウクレレ弾いて長くなる方。

この数年以内に、手術をしたり、通院をしたり、いろんな目に遭われて

ウクレレを弾くこともできなかったり。

そんな時期があった。

復帰してからは、ものすごい集中力で取り組んでおられ。

・・・

そして今日は、素敵なものを見せてくださった。

「彼女がウクレレを弾いてお誕生日の歌を歌う動画を

2歳のお孫さんが、きゃっきゃ言いながら、なんども何度も、再生し、

果ては、それを再生しているスマホを、もって、嬉しそうに

言葉にならない言葉を発音しながら、歌って踊りだす」

という様子を写した動画だった。

映像の彼女の声は本当にやさしく、ウクレレの音色も美しくやさしい。

私はなんだか、涙が出そうで・・

彼女は眩しいくらいの笑顔で言った

ウクレレやってて、本当に、よかったです。」

泣けてきた。

自己けん制

忘年会シーズン。

今年の憂さをわすれ、来年に備えて明るい気分をつくる。

元気をもらう会ではありますが

早い時期の開催ははしゃぎすぎて「終わってないのに、終了感」

度重なると、内臓に負担。

夜は特に寒くなる時期。

いろんなウィルスに襲われやすい時期でもあり。

・・・みょうな年内ボケを起こしたり

お正月、体調不良で寝込んで

まわりに迷惑をかけないように

自分の年始のテンション下げないように・・・

きをつけます、気を付けます。

12月か。

師走。それは はかない・・・12月は一年が始まると一瞬にしてやってきて

一瞬のうちにして去っていく・・・

とか、酔っている場合ではなく。

 

仕事のシメが年末という人はともかくですよ。

年をまたぐ、っていうだけなのに

「えらいこっちゃー」と思わせて焦らせてからにぃーっ!

 

でも、焦らされるから総決算ができる。

特別感があるから「みんなであつまろかー」という空気になる。

そして、近視眼的な思考が、中長期的展望をはじめるに

大切なひとたち、大好きなひとたち、懐かしいひとたちと

来年はどんな風に、なにしよっかな。

今年はこんなことで、ドジ踏んだけど、来年も踏むんだろな。

とか。

 

健忘という現象とともに

年がら年中「忘年(亡念)」してるけど

考えてもどうしようもないこと、

考えつくしてあとは、経過観察しかないこと

思い出したら不安になることは

なるべく忘れて

なるべく、にこにこ、生活していたいものです。

 

お。今日は晴れている。

さ、着込んででかけよう。

 

 

 

じぶん

家を、ぽっ、と出たとたんに

私の知らない人が、会話しているのを発見。

一人は道を訊いている女性、もう一人は訊かれている男性。

ふつうは、きっと、

「このふたりは、日本人で、会話が成立しているんだから」

と、自分の目的へ、足を運ぶわけです。

しかし、困ったことに

何をどういう雰囲気で話をしているのか、

「自動聞き取り装置」が作動。

かくして、勝手に

「ふたりとも困っているぞ?!」

という判定がでる。

「男性のほうは彼女が知りたい場所を知らない、

しかも彼がこれから向かう目的地は彼女の目的地と逆。

女性のほうはそれをなんとなく感じてあせって、

額にも、こころにも汗を流している。今日の予想最高気温にしては

暖かい恰好をしているが」

聞き取り内容をもとに

自動介入。

で、二人を引き裂いて

途中まで一緒に行こうと誘い、

ケラケラとしゃべり

別れ際に

「おおきなカエルが、目印ですよー。美(み)カエルっていうんです」

と言って手を振り、相手にも手を振らせる。

・・・こうして、わが身を反省すると

やっぱり、「やりすぎ、おせっかい、へんなひと」決定。

・・・でも、あの人、どこかで会った気がする・・・。

懲りてない。

完全に自分ペース。

反省したまえ。